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あじさいのイラスト



   Mitashikyo≪ぴあ・さくらんぼ≫
“みたかふれあい号・春期バスツアー”
展望露天風呂から太平洋の水平線を    眺め海鮮料理を食べよう!!










  研修日:   2013年6月3日(月)〜4日(火) 1泊2日
  研修先:    千葉県銚子市(銚子ポートタワー・犬吠埼マリンパーク・犬吠埼灯台・地球           が丸く見える会館)旭市(九十九里浜散策・大原幽学遺跡・史跡公園)
  天 候:    二日間とも快晴
  参加者:    12名

  6月3日(月)

 《行 程》

 ▲三鷹駅北口⇒高井戸I.C=首都高速道⇒東関東自動車道⇒佐原・香取IC=国道356号⇒レストラン「うおつせ21」昼食休憩及び銚子ポートタワー展望観光⇒犬吠埼マリンパーク見学⇒犬吠埼灯台近辺散策⇒地球が丸く見える展望館観光見学⇒かんぽの宿「旭」 宿泊

 ≪桜桃紀行≫

 今回の参加者は、ドタキャンもあり今まで実施された研究旅行の参加者では、一番少ない何と12名だ。集合場所にて、研修旅行の幹事である私が、研修旅行の説明を行い次いで参加者12名の自己紹介を済ませ、一同みたかふれあい号のバスに乗り込む。それぞれ指定された座席に座り、これからの「みたかふれあい号バスツアー・千葉銚子研修旅行」への思いを馳せる。するとDriverのMさんから「皆さん、お早うございます。当社の観光バスをご利用を頂き誠に有り難うご座います。安全運転に十分配慮し、今日と明日皆さんと共に楽しく旅行を行いたいと思いますので、一つ宜しくお願いいたします。」とご丁寧なる挨拶をするではないか。今まで何度となくみたかふれあい号のバスとして、三鷹市から嘱託として委託された観光バス会社を利用したが、Driverからこんな丁寧なる挨拶を受けたのは初めてであった。それだけに私も気分も誠に宜しくDriverと気軽にこれから話が出来ので何よりだ。

 みたかふれあい号の観光バスは、エンジン音も軽やかにWeak Dayで、空いている道路を順調に走って行く。この「みたかふれあい号バスツアー」の来し方を振り返るとその都度様々な想い出が脳裏を去来する。特に印象深いのは、去年の同じ6月に実施した「みたかふれあい号バスツアー・軽井沢&草津研修旅行」である。その参加者も最高の27名で、長老の会員であるS,Hさんの友人8名の言わゆる「フジ軍団」のご一向様が参加しており、正直、どこかの老人ホームのバス旅行と間違えられそうな高齢者が多い古娘達であった。それと草津のかんぽの宿に宿泊した深夜にGuideHelperが、発病して、その対応に奔走したことがあったなぁ。・・・!!!
あれからもう、一年経ったとは、月日の経つのは全く早いものだ。

 観光バスは、吉祥寺〜西荻等の市街を走り、やがて高井戸ICから首都高速に入り空いている高速道路を走る。車内はやはり、12名と少ないせいか余り話し声も聞こえずやや淋しい雰囲気だ。私は一番前の座席に陣取り、DriverのMさんと雑談を交わし、今日のCourseを頭に描き時間的配分を考える。窓外を見るとすっきりと晴れ渡りお天気は全く問題が無い旅行日和だ。それにしても何と高層のビル群の多いことだろうか。そんな建物を眺め改めて躍動し発展続ける東京を感じさせられた。

 観光バスはそんな躍動する都心から徐々に離れやがて東関東自動車道に突入する。こちらの道路も空いており、房州路、目指し進み行く。ここら辺りまで来るとやっと車内も賑やかになり、皆さんの大分話し声も聞こえ何時もながらの旅行風景となってきた。そして湾岸幕張Parkingで、トイレ休憩を採ることとした。そんなトイレ休憩を済ませバスは再び空いている高速道を走り行く。そして佐原・香取ICから高速道と別れ、一般道路である国道356号へ出て一部利根川の流れに沿い、狭い国道を銚子方面へ向け走る。

 そして11時40分とほぼ予定通りの時刻に第1番目の観光スポットである「銚子ポートタワー」へ到着した。ここは「二つの建物からなっており、一つは「銚子ポートタワー」でもう一つはお土産Cornerや色々な海産物の販売店、食堂街が有り、その食堂街にあるレストラン「うおつせ21」で昼食Thymeを採ることとした。予め予約をして於いた刺身定食に生ビールを飲みながら箸を付ける。さすがは銚子漁港が隣接しているだけにお刺身が美味しく実に絶品だ・・・!!!

 ゆっくりと海鮮料理に舌鼓を打ちながら昼食Thymeを採り、刺身定食で満腹となったので、今度は「銚子ポートタワー」へ行くこととした。その途中で奇遇にも江戸川区視覚障がい者協会の方々と出会いお互いに挨拶をする。そして長い高架の連絡通路を渡り、「銚子ポートタワー」に到着した。そして入館料の購入窓口へ行き視覚障がい者であることを告げると視覚障がい者は勿論、付添者も無料だとのことで、改めて銚子市の障がい者に対する取り組みの度量の広さに感心した。

 それではこの「銚子ポートタワー」に着いて略述してみよう。
「銚子ポートタワー」は、高さ47mの総ガラス張りでツインタワー構造の展望施設です。
千葉県の「ふるさと千葉5ヶ年計画」の一環として建てられたもので、平成3年6月23日にオープンしました。 エレベーターに乗り展望室まで上がると、360度のパノラマの景色が見渡せます。4階の展望室からは、雄大な太平洋の大海原や、その太平洋に利根川が流れ込む様子など、大自然のゆったりとした眺望が楽しめます。眼下には、日本有数の水揚げ量を誇る銚子漁港が間近で見え、豪快な水揚げ風景や、行き交う漁船などの活気あふれる風景も見ることができます。

 展望台から遠望すると硝子越しに水平線の円を描き太平洋のパノラマが見える。え改めて「海は広いな。大きいな。」と童謡の一説が頭に浮かぶ。そんな雄大なる大海原の絶景を眺め、今度は高架連絡通路を渡り最初の建物へ行き、買い物をする。海産物のお店の方が、特にカツオの刺身が安くとても美味しいとのことで、それを購入した。そんな買い物を済ませ第2の目的地「銚子マリンパーク」へ行く。この 犬吠埼マリンパークは本州最東端に位置し、
怒涛荒磯の男性的景観と、白浜青松の女性的美観を備えた
犬吠崎灯台に隣接して、平成5年7月リニューアルオープン
致しました。 特に豪快なイルカのショーがとても人気抜群です。

 丁度時間も良くこれからイルカショーが始まるとのことで、それぞれ観覧席に着きイルカショーが始まるのを期待しながら待っていると軽妙な司会者の言葉によりイルカショーが始まった。4頭のイルカがジャンプも見事にしながらそれぞれ挨拶をする。 数々のジャンプをしてイルカ君が巧みな芸を披露してくれる。するとその大きなイルカの一頭が高くジャンプをしたと思ったらその飛沫が私達が座っている観客席まで飛び散った。そのため私のスラックスが水しぶきでビッショリと濡れてしまったではないか。富んだHappeningだ。そんな可愛いイルカショーを見てから今度は水族館へ行き水層で飼育されている魚類を眺め多いに癒される。そして白亜の建物有名なる「犬吠埼灯台」へ行く。

 犬吠埼灯台
 外国から帰ってきた船は、犬吠埼灯台を起点に北の港、東京湾へと舵を切ります。科学技術の進歩により、銚子の風物詩であった霧笛による霧信号は、その役割を終えましたが、無線方位信号、風速や波の強さなどの船舶気象通報などを行い、船乗りの支えとなっています。
英国人技師、ヘンリーブラントンの設計、施工監督により、明治7年完成。
国際航路標識協会から世界各国の歴史的重要な灯台100選の中に選ばれている。
平均海面から灯火まで52m  灯台の高さは31.6m

 犬吠埼灯台の狭い螺旋階段を登り詰めたところから外へ出ることが出来る。外へ出てみると先ほどの「銚子ポートタワー」の硝子越しで眺めた時の太平洋の大海原と違い風の音波の音が直に聞こえその大迫力の太平洋のパノラマは遠く水円を描き雄大なる大海原の広さ大きさを実感した。そんな大海原の大展望を満喫し、第3の目的地「地球が丸く見える展望館」へ行く。ここは銚子市で一番標高が高い丘だそうで、この展望館の屋上から眺望する風景は当に360度の展望が有り、本当に地球が丸く見えるようなそんな素晴らしい光景だ。

 そして今日の予定していた観光はすべて周り、今日のお宿「かんぽの宿・旭」へ向かう。この「かんぽの宿・旭」は、九十九里浜海岸の直ぐ傍に建つ築、10年になる白亜の9階の建物だ。12名がそれぞれ4部屋に別れ今夜から朝までの憩いの一夜を過ごす。私は部屋に着くなり早速9階にある展望風呂へ行く。この風呂は温泉とのことで、その湯を舌で嘗めてみると塩辛く当に塩化ナトリウム泉であることが分かった。浴後は身体がいつまでもポカポカとして実に気持ちが良い。・・・!!!

 そんな温泉に入り、Relaxしているとやがて 夕食宴会Thymeとなり、宴会広間へ行く。乾杯の音頭を小金井市から参加のT,Hさん、Y,Hさんにお願いし、お二人の息の合った乾杯の音頭が高らかに告げられ一同グラスを傾け乾杯をする。嘱託には当に海の幸、鰹の刺身、サザエの壺焼、煮魚等々と新鮮なる海鮮料理のオンパレードで、過去何度となく「みたかふれあい号バスツアー」を実施してきたが今回のこの料理が最高だ。各観光巡り、そして温泉に入り、生ビールを飲みながら海鮮料理に箸を付ける。これぞ当に至福のひと時だ。 (^o^)  (^_^)

 そんな海鮮料理を食べアルコールも回ったところで、カラオケThymeとなり、それぞれが持ち歌を披露する。そしてS,Sさんの三本締めの手締めで楽しかった有力宴会Thymeもお開きとなりそれぞれ部屋に戻る。私はタオルを肩にかけ展望風呂へ行き湯ったりと手足を伸ばし温泉に浸かる。いくら12名の少グループとは言え、旅行の幹事となると相当に気を使い精神的に疲れるものだ。今はそんな幹事としてのお役目も忘れ、ただ湯ったりと温泉に入っている。窓外を見ると遠く灯りが瞬いているのが見える。きっと漁船が猟にでも出かけるのであろうか。

 6月4日(火)

 《行 程》

 ●かんぽの宿「旭」出発⇒大原幽学遺跡史跡公園見学⇒オライ「はすぬま」道の駅買物 ・レストラン「蓮味」昼食休憩⇒松尾横芝IC=千葉東J,C,T(千葉東金道路)⇒東関東自動車道⇒首都高速道⇒首都高速高井戸IC⇒三鷹駅北口 解散

 ≪桜桃紀行≫

 早朝、朝風呂へ入り、スッキリしたところで、レストランへ行き朝食の各種バイキングを食べる。その食品の数も豊富で、特にコックさんがレストランの入口で、予め小分けをしておいたカツオを出してくれたのだが、そのカツオの刺身が最高に美味しかった。そんな満足した朝食を済ませ9時30分に「かんぽの宿・旭」を後に今日唯一の観光スポット大原幽学遺跡史跡公園へ行く。

 それではこの大原幽学遺跡史跡公園について記述してみよう。

 「大原幽学記念館」

 もともと大原幽学記念館を管理していた財団法人八石性理学会から、大原幽学の遺跡と大量の資料が昭和61年に旭市(旧香取郡干潟町)に寄贈されて現在は史跡公園として整備されています。
国指定史跡を含む公園内には散策路が設けられ、数々の遺跡と豊かな自然を満喫することができます。
2月から4月にかけては旭市の花 椿(ツバキ)が見ごろです。駐車場から記念館までの登り坂にもツバキの花が咲いており、このように一面ツバキが咲いています。ツバキの坂を登り切ると大原幽学記念館煮到着です。大原幽学記念館は大原幽学および郷土の歴史、民俗等に関する貴重な資料を収集し、保管し、展示して地域文化の発展にたいへん寄与しています。

 大原幽学の生涯

 大原幽学は、幕末に活躍した農村指導者で、世界で初めて「農業共同組合」をつくった人物として知られています。近畿、信州、房総の各地を旅し、主に長部村(現旭市干潟地区)を舞台に様々な実績を残しました。 幽学は寛政9年(1797年)尾張藩(名古屋)の重臣の次男として生まれたとされています。武士としての教育を受けましたが、18歳のとき家を出て旅に出ます。
幽学はこの旅の間に学問を学び、農業経営の知識も身につけていきました。当時(天保、嘉永、安政と混乱し た時代で)特に農村は貧困に苦しみ、人々の心は荒れていました。「世に道をほどこす」ことを決意した幽学は、講話を聞きにきていた長部村の名主遠藤伊兵衛の招きでこの地に落ち着くことになりました。

 道徳を基本とした「性学」を説き、生活の心得から、農業技術の実践指導に至るまで様々な行動を行い、村を立ち直らせました。耕地整理といった大事業や世界最初の農業協同組合である「先祖株組合」の結成などが実現したのです。 しかし残念なことに、身分も定かでない幽学は幕府の取り調べを受け、江戸での謹慎を言い渡されました。その間に、村は再び元の状態に戻り、絶望した幽学は自刃してその生涯を閉じます。安政5年(1858年)3月8日、享年62歳でした。

 旧宅 国指定史跡 大原幽学旧宅遺跡公園内

 幽学自らの設計によるもので、もともと教導所として名主遠藤伊兵衛によって自宅裏山に提供されたものを、天保13年(1842)に住居として改築したもの。8畳2間のほかに台所、便所、押入などを備えてあり、質素で丈夫な造りになっている。この家の特徴の一つが用材にふしのものを使っていることで、すべてに6つずつふしがある。そして便所の立派なことがもう一つの特徴で、客用と平常用の2つが設けられている。屋根はもともと茅葺きだったが大正末に銅板に改修されている。

 千葉県指定文化財 旧林家住宅

 幽学の高弟だった匝瑳郡十日市場村(現旭市)の名主役を勤める林伊兵衛が幽学の指導を受けて建てられたもの。天保15年(1844)の銘がある。
昭和63年に同地より復元移築された。この住宅の特徴は押入などの収納場所が多く、納戸部分が明るいこと、太い梁を使い柱を減らしているなど、全体に合理的で開放的な造りになっている。
昭和54年に県指定有形文化財になった。

 駐車場からのどかな田園風景が続く散策路を通り大原幽学遺跡史跡公園へ歩を進める。田んぼは水が張ってあり、丁度田植えが終わり、ヒョロヒョロとした苗が植えられこれから当に八十八日をかけて見事な稲として生長する言わば一歩だ。私はこんな田園風景を子供の頃に別段珍しくもなく目にしていたが、こうして今ここに少年期に見た田園風景がタイムスリップして、見られたことにとてつもない郷愁を感じ思わず遠くを眺める目になってしまった。。他の名高い観光スポットも良いのだが、こうした実に素朴な田園風景も心を和ませてくれる実に目頭が熱くなるほどの光景だ。

 そんな田園風景を眺め大原幽学遺跡史跡公園へ行くが、園内は兎に角、広大なる敷地のため旧林家住宅の建物を見学しただけで、踵を返しバスに乗り込む。そしてオライ「はすぬま」道の駅へとバスを走らせる。この道の駅にあるレストラン「蓮味」で昼食休憩を採ることとした。このレストラン「蓮味」の好評、特選料理イワシ丼が、値段も650円と安くその中身は大きな丼にこれまた大きな油で揚げられたイワシが三匹ゴロンと並べられ、ご飯の量もドーント盛りつけられており、私の可愛い胃袋は、全部食べられなくご飯を残してしまった。最も生ビールのジョッキを2杯も空荷していたためもあるのだが・・・!!! (^^;)

 そして昼食Thymeを終えてバスに乗り込む。早速、「みたかふれあい号バスツアー」の帰途に恒例になっている「何時に着くでショー」のゲームを皆さんにお出しする。私はdynamicのイワシ丼を食べお負けに生ビールも2杯も飲んだので、お腹はパンパンにはち切れ、途中トイレの心配があったのだが、バスの振動に任せ何時しかウトウトとバスで舟をこいでいた。それから湾岸幕張パーキングで、トイレ休憩を済ませ再びバスに乗り込む。先ほどの「何時に着くでショー」のゲームだが、イヤー、この時間そして道路の空いている状態から類推しても何と三鷹駅北口には3時前に着いてしまうのでは無いかと懸念される。

 そんな懸念が的中し、「みたかふれあい号」は、何と午後2時30分に三鷹駅北口へ着いてしまった。過去「みたかふれあい号バスツアー」で、一番早く着いた時刻である。結局、誰もがこんなに早く着くとは想像もしていなかったので、時間の差は大分あるのだが、午後2時30分に一番近い方と言うことで、小金井市から参加したY,Hさんがその栄冠を得たのであった。

 こうして12名と人数も少ない参加社で会ったが、観光、温泉、料理等々ととても満足した「みたかふれあい号バスツアー・銚子研修旅行」であった。

〜〜「オシマイ」〜〜

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